ある日の小鳥

良く晴れた日の夕方、二階の窓から空を見ると、ガラスに鳥の羽がくっついていました。

これは、ガラスに鳥が激突したんだろうなあ。

本堂でもたまにそういうことがあるので、「死んだのかなあ。」そう思いながら下の瓦を見ました。

すると鳥がぽつんといました。

どうやら小鳥のようです。

きっと飛び始めてまだ慣れていなかったのでしょう。

何かに追われたのか、たまたま前方不注意だったのか。

とにかくすごい衝撃だったことは、ガラスの汚れ具合から見て想像できます。

窓を開けると少し伏せるような姿勢を取ったので、生きていることは間違いない。

もうすぐ日が暮れる。

保護した方が良いんだろうか。

でも、親が探しに来るかもしれない。小鳥は人が触ったらもう親鳥は近づかないっていうし。

でも、そのままにしていたらカラスに見つかって食べられるかもしれない。

でも、屋根の上に出るのは怖いし、安全に対処できる自信はない。

でも、明日の朝になってそこで死んでいたらどうしよう。

などと、でもでもを繰り返しながら出した結論は、その子の飛ぶ力を信じて窓を閉めるということでした。

さて、次の朝、小鳥の姿はそこにありませんでした。

無事に飛んで行ったんだな。

そう思いました。

 

勝手なもので、猫がネズミを捕れば退治してくれたと喜び、鳥を捕まえれば、アラなんてことを!と眉をしかめ、カラスが小動物を捕食しようとすれば、カラスめ!と思い、マムシが出れば退治してもらうことを願ってしまいます。

みんなただ一生懸命生きているのは一緒なのに、差別してしまっている自分がいる。

みんなごめんなさい。まだまだ未熟者です。

 

ただ、あの日の小鳥は、自分の力で再度飛び立ったのだと信じている。